言葉の魔法(家族、ガン、生き方についてなどのこと)

実家へ電話して母と話したことの中で、言葉というのは、伝える側の意図と受け取る側の信念の両方の作用で呪いにも魔法にもなっちゃうよね!とあらためて感じました。

家族のことなのでざっくりと説明すると、
父親がある種類のガンを持っており(具体的な病名はここでは伏せておきます)
その精密検査の結果がそろそろ出た頃だったので電話してみたのですが、

結果は(転移はなし)で
もともとのガンの状態も進行していない
とのことでした。

父は15年ほど前の検診でガンが見つかり、入院して抗がん剤治療を受けました。ガンは小さくなり、
退院後、定期的に検査して、何の問題もなく過ごしてきたのが一昨年になって寝ていたら腰に突然の激痛が走り、夜中に救急車で運ばれるということがありました。

その後、治療の必要がない(というか安静にしている他ないと診断され)すぐ退院したのですが、ちょっとの動きや体勢の変化で激痛を感じるようになってしまい、入浴介助なども必要になり、一般的には85歳の年齢としては仕方ない変化なのかもしれませんが、わたしとしては、お父さん何かがずれてる気がするなあと思い、しばらく一ヶ月に一度、実家へ様子を見に行っていました。

母親は、お父さんもう歳だし仕方ない、治らないとぼやき、
父は痛み止めは飲んでるけど効いてるんだかなんだか、と言いながら座っていられないほど痛みを感じるようで時折顔をしかめていました。

これは思ったより深刻化してるぞと思いつつ、やっぱり何か変だなあとその違和感の元を確かめる目的もあって、何回か通ううちに、父も段々と症状が落ち着いて、母も父がこれまでのように動けないことにも慣れてきた様子でした。

ちなみに遠隔ヒーリングや、実際に実家へ行った際に触れずに寝ている父にヒーリングしたり、空間調整も行なっていましたが、

ある日、いちばんわたしがずれてると感じたことを直接、父に言葉で投げかけた時のことが興味深く、前置きが長くてすみませんが、母親との電話での会話とも繋がることなので書いておきます。

お父さん、何で腰が痛くなったって思う?と聞いてみたところ、
大工だった父がまだ若い頃に仕事の現場の足場から地面に落ちて腰椎を骨折して治療を受けた際に、医師が「歳をとったときに(これが古傷となって)痛みが出るかもしれない」と言われたそうで、やっぱりそれが原因だと思うと。

やっぱり!と思ったのですが、わたしが思ったのは父の言うやっぱりと別な意味で、です。

父は若い頃(50年前くらい)に骨折したことが原因だと感じてるようでしたが、わたしは医師が「歳をとったら痛みが出る」と、かもしれないという予測の言葉をつけたことで、
父がきっと自分で歳をとったなと充分感じるタイミングで痛みを自作自演で発生させてしまったのだと気付きました。

そこで、お父さん、でもさ、これまで50年くらいずっとそんな腰が痛くなることなかったでしょ?それが何もしてないのに急に痛くなって、病院で診てもはっきりした原因もわからないじゃない。
昔、病院で言われたことを無意識のうちに気にしてて、それがきっかけで痛くなったのかもよ?昔、病院でそんなこと言われてなければ、痛くなることもなかったんじゃない?

と言うと、

そうだよな!
あんときゃ、なんともなかったし、医者のやつは余計なこと言いやがるなあ!

と(笑)急に張りのある声になって答えてくれました。

そこでわたしが、
年寄りだから治らないってことも別にないんじゃない?

と付け加えると、

そうだそうだ!最初の頃よりは良くなってる気がするもんな!
と妙に納得してくれた様子でした。

でもまあ一筋縄でいかないのがthe家族!って感じでw
気を良くしてニコニコしていた父に、部屋に入ってきた母が早速「お父さんはもう歳だから治んないよ、仕方ない。また起きてたら痛くなるからもう寝たら?」と余計な一言を。。。

あちゃーと思いつつ、父の中にちょっとした新しいタネを蒔けた手応えもありました。

この父母の受け答えでもお分かりかと思いますが、父は割と楽天家で年齢の割には柔軟にあたらしい物事を吸収することもできます。反して母は保守派でネガティブに物事を捉える傾向があります。人の性質は割と日和見的だしはっきりとそうだとは言えない部分ももちろんありますが。

この出来事から、数ヶ月経ち。。。

痛みで顔をしかめていた父も、杖をつけばゆっくりと歩けるようになり、激痛も無くなったとのことでした。家のちょっとした雑事もできるし、車もごく近所の買い物だけですが運転しています。

ただ今までのように畑をやったり、作業小屋でゆる仏さん(木彫り)を作ったりはその作業姿勢が出来ないため、無理なのですが、
それも父が選んでいることなのだろうなと。

出来なくなったというよりも
もうやらないことを選択した結果とわたしは捉えています。

ただ、だからといってこのまま一日中寝ていたりするのも、本人が飽きたり、別にまた動けるようになってもいっかっていうくらいの気持ちがあるなら、

あの時の父との会話で蒔いたタネが、そのうち芽を出すのでは?と思って、ヒーリングで光を父に掛けています。母や実家全体にも!

そして今日の電話で、

母が検査結果を聞いた際に医師に今度は、
「ガンは急激に進行はしていませんが、抗がん剤でまた治療することもできます。しかし年齢的に、今度使用することになる薬は強い作用があるため、ショックで死亡することが稀にありますが。。。」というような内容の確認があって、

父が「そんなんやらなくていい!」
と言ったそうです。

だよね!笑。

そんな脅されるような確認要らないよなあと素人は思う訳ですが、病院ではそうも言えない事情があるのもなんとなくわかりつつ、
それを聞いたとき、田舎の何も知らない年寄り夫婦になんちゅー選択させようとしてるんだ!?と正直思いました。

まあそれよりも、その後の母のひとことにまた引っかかりました。

「お父さんはもう歳だからガンの進み具合はゆっくりだけどね。。。でもガンだし」と言うので、

いやいや、同じくガンになった人でも年齢関係なく進行する人もいるでしょう?
お父さんは転移もなかった訳だし、よかったじゃない!年齢じゃなくてお父さん自身の免疫力とか関係あるんじゃない?

と伝えて母が病院で医師に言われた(治療しないと進行する恐れ)プラス(でもその治療さえ命を落とす恐れがある)
という言葉の呪いを意識的に別の方向へ転換しました。

そうすると、すぐに、

お父さん最近なんだか調子が良いみたいよと、現状の父のことを、伝えてきました。

細かなやり取りはわたしはその場にいないので、あくまで両親から聞いた内容で推測するしかないのですが、実際にどういう言葉で説明されたのかもよりも、

伝えた側の意図がどうであれ、
受け取った側の信念で、その言葉はいかようにも変化して誤った方向で定着してしまうことが多いということにあらためて気づかせてもらえました。

そしてこれはちょっと人によってはきつく感じるかもしれないけど、

多くは伝えた側に問題があるのではなく、

受け取った側の信念体系に問題があることが多いと感じます。


わたしの家族の件で言えば、
50年前に父に予測して伝えた医師も、今回の、治療方針を確認した医師も、

責務を果たしただけで、その立場からは何一つ間違えてはないと思うのです。


ただ、受け取る側がどのようにそれを判断してしまうか?普段からどんなことを基準に物事を捉えているか?で、

母のように、現状が良くなっていて、転移も無かったという事よりも、

でもこれからいつ進行するかわからない、歳だから治らない、という思い込みや前提を強固に勝手にしてしまうこともあります、、、。

これは友人同士のたわいもない会話や、知らない人がネットで伝えている情報や(この記事もそうかもしれませんね)
数多にあることだと思うのです。

(わたしにも割と最近、そういったことがあったのですが、これはまたアソエネ教室でおはなししたいと思ってます)

話は前後しますが、

父は大工だったため、怪我をすることには慣れているということもあると思うのですが、
三年前の今頃には、鉈で手をぱっくり…(ひゃー💦)で、病院へ駆け込んだ…と言いたいところですが、なんと血もあまり出ないし痛く無かったから絆創膏を貼って作業を続けて、
翌日腫れてきたから病院へ行き縫った…なんてこともありました。

怪我には慣れていて、父には大丈夫だという意識が根底にあったので、
その後、なんともないように手は治っていました。
ただ、ガンは未知のもの、誰でも存在は知ってはいるけど、怖いという大勢が持つ印象が強いため、世の中で一番聞こえてくる情報や、医師の言うことが難しく感じ理解出来ず翻弄されたりするので、

残念ながら父の楽天家な部分はそのままにしていても発揮できないんだなと、ここ数ヶ月で学びました。

娘としては心配するよりも、
時折顔を出して、話を聞き、

言葉の呪いを出来るだけ魔法に変換できるようにしていこうと思っています。

なんか真面目に書いちゃったわ〜。

あ、最後に、

最初にガンが見つかって治療した際に、当時母にもそれは言わなかったらしいですが、父は医師に治療がうまくいってガンとうまく共生?していければ10年は大丈夫ですよ、と、余命10年宣告されたそうです。

70過ぎの老人には10年でも長いよね?という慰めだったのかもしれませんが、

そのちょうど10年を過ぎたタイミングで、病巣が広がってきたかも?という検査結果が出ました。

それを聞いた時、人の意識というのは、ほんとうに体にダイレクトに影響を与えるんだなと確信しました。


しかし…


どっこい生きてる!お父さん!


余命宣告されてから15年も過ぎて、色々ありつつも、日々もりもりご飯を食べて、家でくつろいで過ごせています。

写真はまだ作業できた時の父。
80歳になってから突如始めた木像制作も、
何か父なりに思うところあったんだと思います。

この作業小屋も全部、父の手作り。
ほとんど人が通らない家の前の道は、5キロくらい離れた村から通う小学生の通学路になっていて、ある頃からその子たちが父の作ったゆる仏さんたちを置いている社にお花や梅の実などをお供えしてくれるようになったそうです。
それを聞いてからしばらくして実家へ帰ったら、これまで無かった仲良し地蔵というお地蔵様が増えていました。

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