したいことなんて何もない
今月も実家に帰省中です。
いつもは一泊なのですが、今回は二泊にしたので本日は1日時間があったので、一人で電車で30分もあれば行ける温泉へ行ってきました。
その後は歩いてお気に入りのカフェ&雑貨屋さんへ。
1時間に一本しか電車が来ないので、2時間分ゆったりと過ごさせていただきました。
置いてあった本を読んだり、
ぼんやりしたり、ちょっと仕事したり、コーヒーと追加で注文したジュースを飲みながら、大きな窓からの新緑の景色を眺めながら感謝でいっぱいになっていました。
わたし、最近気づいたことがありました。それは「したいことなんて本当は何もないんだなあ」ということ。
いや、あんた、自分のしたい仕事して、こうやって自由な時間を過ごしてるじゃないですか?!
って言われそうですが、
今日1日のことは、
実はもう昨夜イメージした段階で、
(行っても行かなくてもどちらでもいい)というふうに構築されたものでした。これはしたいことというより、アイデアを構築した感じです。
便宜上、〜したいなあって言うことありますが、
わたしにとって何がなんでも、とか、絶対に〜するとかが、ほんとにないんだって気づいたんです。
それが「したいことなんて何もないんだなあ」ということにつながるわけです。
もともと、感情がちょっと欠落してるせいかもしれないですね(^^;;
ぼんやりしてるっていうか。
それで今日の過ごし方から言えば、結局、アイデア通りに実行したのですが、実際に行けば面白いこともあるし、体感をともなうこともあるので(特に音や匂いはそこへ行かないと感じられない)
行ってよかったなあとは思うのですが、もう昨夜イメージした段階で、実現したものとしてエネルギー場では同然なので、それをカラダごとでもう一度体験してるような感じなのです。
だから嬉しいし楽しいけど、
なんていうか、内側はしーんと静かなんです。
静かだけど、このカラダが存在してくれるから、エネルギー場で構築されたアイデアを、こうして体験できるのだし、素晴らしいことだし、生かされてることに感謝が溢れてきました。
実家周辺では、ほとんどが車が足代わりで、歩く人もほぼいないので、車がビュンビュン走る国道の歩道があまり無いような道を歩いてカフェへ行き、
その後も20分以上かけて近くの無人駅まで歩いて行きました。
誰も居ないここに座って電車を待つ間、更にふるふるとカラダが振動して、なんとも言えない気持ちになりました。ここはどこだろうか?自分は誰だろうか?今がいつなんだろうか?
そんなことはどうでもいい、
ただ旅を続けているだけなんだ!
人生って旅みたいだなあって。
旅であれば、誰かが描いた青図ではなく、自分のアイデアで地図を描いていきたい。
それは目標とか、プランではない。
ただの彩り、
くっきりとしてない淡いもの。
滲んだ境界に何が生まれるか?も面白いし、今は名前が付いてない色合いもある、、、そんな感じで。
いずれわたしは何を描いてたのか?
宇宙規模で見ればわかる時が来るのかもしれないし、わかんなくてもまあいいか。
そんなことを感じた1日。
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