人を信用しないということ。
意外かもしれないけれど、わたしは人を基本的に信用してません。
それは(自分さえ)もそうです。
どんなに素晴らしい実績を持っていたり
どんなに立派な人柄でも、人はいろんな面を持ち、簡単に何かのきっかけで変わるから。あと誰でも嘘をついて生きてるから。
なので人をリスペクトはしてるけど信用はしてません。
矛盾しているようだけど、こればかりは自分の軸としてずっとあることなので仕方がないのです。
でも、こっぴどく裏切られた事がある(他人に言わせればあるのかもしれませんが)
訳でもないので、裏切られた!っていうふうに思ったこともたぶんないと思います。
だから信用出来ないのではなく、信用してないということです。
何が言いたいのかというと、
信用できないのではなく
信用してない(する必要がない)
と、すごく自由ですってこと。
相手がどんな風に変わろうが
自分がどんな風に変わろうが、
自由であるって理解できるから。
すごく言い方が難しいけど、
人を疑えってことじゃないです。
しつこいけど、
信用しなくていい、ってことです。
そうすると
自分の考えやその時の気分や、
周辺の情報、生まれて育ってくる中で思い込まされて来た概念などなどで、
今までいかに人を(自分を)勝手に決めつけて見ていたか?ってことに
ほんの少しだけ気付けるのです。
これでも、ほんの少しだけってところが肝心です!
だって、自分は自分以外にはどうしたってなれないから。
自分の脳みそごとまるっと変えられないので、
ほんの少しだけでも気付ければ上等です!(喧嘩上等って今思えば上品な言葉ですね、関係ないけどw)
わたしはこの考えに行き着いたら
人が以前より怖くなくなりました。
そしてわたし自身さえも、
常にどうなるかわかったもんじゃないぜ!という意識で観察しています。
わたしらしい、って
これまでも何度も言われてきたことさえ、今はどっちでもいい感じです。
これは極端な話だけど、
「それはあなたらしくないから止めた方がいい」
という事を言ってくれる人には要注意です!(笑)
自分にさえ全貌も掴めないしわからない「わたし」を他人がなぜ判断できるほどわかるのか?
そして同じくらいに
(あなたらしいね)って言葉も、
今はピンとこない感じです。
これは言われた時は、褒め言葉として受け取ってはいますが、
人の成長を無意識に止めてしまう
魔法の言葉なんじゃないかと気付いたからです。
あなたらしい=今の状態から変化しなくて良い、そこにずっといなさい。
言ってる側はたぶんそんなつもりではなくて褒めてくれてるのだと思いますが、人はあらゆる矛盾を抱えて生きてるので、悪気がなくても、相手にとって不都合になることを気付かずやってるものなのです。(こういうとこも信用してない理由です。)
わたしも人に腐るほど(〜ちゃんらしいね)なんて今まで言ってきたと思うのです。。。
だから偉そうなことは言えないけど、今後はもっと意識的になるし、言ってしまった過去にヒーリングもしておきます!
こんなこと書くと、
会ったことない人は、なんていう冷たい人間だ!って思われるかもですが、
まあたぶんこれまで出会ってセッション受けてくださったり、何らかの交流がある方は、そんな冷たい印象ってたぶん持たれないと思うので、まぁ、いいかな?って思って書いてみました。
以上で書いたことは「好き」「嫌い」とは全く次元が違う話なので、その辺と混同されると困るのですが(-。-;
あくまで今現在のわたしが考えることを書いてみました。
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